昭和時代は会社が温かった・今の若い人は大変だと思う。

初めに自分の職歴ですが、

昭和58年に高校卒業し従業員数300名ほどの専門商社へ就職しました。

自営業始めるまでの15年間お世話になりました。

雇用形態について・今と昔

今は派遣社員・アルバイトなどが多いようですが、

自分が就職した頃はほぼ全員が正社員です。

派遣社員と言う雇用形態はありませんでした。

就職先は幾らでもありました。公務員より民間の方が人気ある時代です。

大学に行くのは金持ちの子供か勉強が出来る人間で、

8割が高校卒業すると就職です。

大企業への就職もそんなに難しい事でもありませんでした。

女性は腰掛けで会社に入って「寿退社」するのが理想とされていました。

30過ぎて会社に居ようもんなら、何こそ言われるか分からない時代です。^^;

今で言う「キャリアウーマン」なる女性は日本中どこを探して居ません。

就職しないで、家事手伝いしながら結婚と言うパターンも多かったです。

親も世間体がありますから、20代半ばになると結婚を促すんです。

これで女性は永久就職し「専業主婦」になります。

男は稼いで女・子供を食べさすのが美徳とされていまして、

女性は家庭を守るのが美徳とされていました。

そんな時代です。

話は変わりますが、

現在の若い人のアルバイト現状を見てると気の毒に思います。

社員と同等の仕事内容でも給与格差がありますよね。

休んだら休んだでお金にはなりません。

今年のようなGW10連休なんてかかえって迷惑ではないでしょうか。

月の3分の1仕事に行けないのですから、

それでも社員は月給が貰えます。

昔のように全員が社員だとこういう現象も起きません。

バイトが好きでやってる人は良いと思うのですが、

社員になりたくてもなれない人はモチベーションは下がるでしょうね。

雇用関係も不安定だと思います。

正社員をクビにするのは余程でない限り難しいですが、

バイトだと期間が来ると、なんらかの理由で切られる可能性もあります。

これは働いてる側にとっては不安ですよね。

フリーランスなんて働き方もあるようですが、

横文字にしたら何でもカッコイイと思ってるのか、昔で言う内職ですよね。

休日について・今と昔

休日ですが、

土・日・祝祭日が当たり前のような事が言われてますが、

現在でも役所か大企業やそれなりの企業でなければ難しいのではないでしょうか。

休みがきちんと取れる事に越した事はないでしょうが、

小さな会社では無理ではないでしょうか。

自分らが就職した頃は、日曜日しか休みはありませんでした。

たま~に祝祭日休みの時もありました。

纏まった休みは盆と正月で、今のような盆と正月+GW休みなんてのはありませんでした。

日曜日しか休みが無くても、

社会の大部分がそうだったので全く不満はありませんでした。

むしろ当たり前です。

日曜日でも繁忙期は休日出勤です。

しかも休日出勤手当なんて貰った記憶もありません。

手当らしき物と言えば昼食です。

近所の食堂へみんなで出前を頼むんですが、カツ丼でも何頼んでOKで楽しみの一つでした。

仕事が終わると「今日はごくろうさん」と言われ、

先輩か上司が必ず飲みに連れて行ってくれるんです。

ただ酒に釣られて休日出勤した訳ではありませんが、これも楽しみの一つでした。

有給休暇もあったのですが消化した事は無かったです。

堂々と有給を取ってる人は見た事ありませんでした。

有給なんか取れる雰囲気ではないんですよね。

旅行なんかに行く時、上司に打診し有給を取った事が何度かあります。

給料の手取りは少し減ってはいました。皆勤手当てか何か減っていたんでしょね。

若い時ズル休みするは何度もしました。

原因は飲み屋ハシゴの酒で二日酔いです。

「親戚のおばさん亡くなった」とか「風邪引いた」など・・

会社もズル休みと分かっていたと思いますが。^^;

ズル休みに使う定番理由です。

入社4年目位に隔週土曜日が休日になってきました。

カレンダーで土曜日が月4回あるとすると2回休みになります。

その頃には祝祭日も完全に休みになってきましたね。

完全週休2日になったのもそれから間もなくでした。

こう考えると社会の仕組みが変わってきた頃だったのかも知れません。

いざ、完全週休2日になるとやる事がないんですよね。

だいたい寝てるか朝からビール飲んでるかです。

残業について・今と昔

職種にもよると思いますが、工場など現業仕事は残業代は今も昔も支給されます。

自分は残業代と言うものは貰った事はありません。

営業職ですから当然だと思うのですが、

サービス残業していると言う感覚ではなかったです。

残業は当たり前だと思ってました。

自分一人だけ帰る訳にも行きませんし、日中出来なかった残務処理もあります。

会社は9:00からですが、

8:30に出社して20:00~21:00に退社する感じです。

それからほぼ90%の確立で会社の人間と飲みに行くんですが、

今は残業には厳しくなってきていますよね。

残業しないで仕事が終わればそれに越した事はないんですが、

早く帰るありきで、家へ仕事持ち帰ると人も居ると思います。

これは弊害ですよね。

余程の仕事でない限り家で仕事をしたい人なんか居ないと思います。

帰ったら冷えたビールでも飲んでくつろぎたいはずです。

仕事するにしても仕事環境が会社とでは比べ物になりません。

資料やコピー機・FAXなど揃っている会社とはまるで違います。

それを自宅でするんですから気も滅入るではないでしょうか?

「働き方改革」も良いですがあまりやり過ぎると企業の生産性は落ちると思います。

最近は残業のし過ぎで無くなる人も居るようですが、

昔は残業規制なんて無かったので徹夜なんてのも有りました。

残業を多くする人間が評価された時代です。

それでも死んだなんて聞いた事はなかったです。

今のようにネット社会では無かったので知らなかっただけかもしれません。

会社員時代の思い出

入社して札幌支店へ配属になりました。

年功序列で先輩の言う事は絶対みたいな所がありました。

先輩達は威張ったりしますが、面倒見は良かったです。^^

この時18歳で酒もタバコも法律上はダメです。タバコは高校から吸っていました。

酒は全く飲めませんでしたが、それでも飲みには連れて行かれます。

未成年とかそんな事は関係ありません。おおらかな時代で問題にもなりません。

毎晩飲みに連れていかれます。^^;

断る事は出来ません。

「酒も飲めないような奴は一人前な仕事は出来ない」と良く分からな理由でです。

そんな自分も後輩には同じ事言ってました。

とにかく酒は鍛えられました。

初めのうちは吐いたですよ。

ですが、一年も先輩らに連れ回されるとすっかり酒飲みになってました。

割り勘なんてのはありません。先輩や上司の奢りです。

自分も後輩にはそうしました。

タバコも社内で普通に吸えました。

男は全員吸っていまして、各々の机に灰皿があります。

今のように喫煙所と言うエリアは無く社内どこでもタバコが吸えました。

吸い殻を片付けるのは女子社員の仕事です。

お茶を入れるのも女子社員の仕事です。

女性は結婚で仕事を辞めると言う理由で、重要な仕事は任されませんでした。

それが不満かと言えばそうでは無かったと思います。

世の中全体がそうだったからです。

今ではあり得ないような話でしょうが、当時はどの会社でも普通の光景です。

お昼や仕事の手を休めている時なんか女子社員がお茶を出してくれるんです。

入れ方悪いと先輩から怒られたりするんですよね。そういった光景も目にした事があります。^^;

娘たちに話すると「あり得な~い」と言われますが、

女性社員が「寿退社」するのは幾度も見ました。

早い人なら半年くらいで「寿退社」します。全く問題になりません。

式には会社からもお祝いも出ます。

一人だけ30歳近いベテラン女性社員が居ました。

自分より一回り上でしたがまぁまぁの美人でした。

先輩達が陰口言うんですよね。

「結婚もしないで・・・」

「あれじゃ結婚も出来ない・・・」

「あんなの嫁さんにしたら大変だ・・・」など

いわゆる今で言うセクハラです。

バブル時代は凄かった。

バブルの時はビックリするほどの賞与が支給されました。

月給は少し上がっただけですが

その年の賞与は凄かったです。

夏80万

冬100万

決算手当50万

後にも先にもこんなにボーナスが支給された事はありません。

接待交際費も自分のような若手でも好きなように使えました。

毎晩接待で飲みに行くんですが、

お客さんは中小企業のオーナー社長で儲かっていますので、

高級クラブ・高級寿司店などにバンバン連れて行ってくれるんです。

今考えても夢のような時代でした。2年間位続いたでしょうか?

会社も他社に遅れてはならぬと、積極的に取引先開拓し、

従来なら与信が通らない会社へも取引を始ました。

本社で与信枠が設定されれば、営業の出番です。与信枠一杯になるまで売り込みです。

そもそもバブルなのかも自分には分かりませんでした。

ただ景気が物凄くよいのは肌で感じていました。

先輩達も今まで経験した事がない好景気だと口々に言ってました。

年配の上司で「こんな事は長続きしない」と言ってる方もいましたが、

弱気な発言と思われ、当時は誰も聞く耳持ってなかったと思います。

バブルの崩壊は突然やってきました。

同業他社あちらこちらで手形の不渡り情報が入ってくるんです。

いわゆる会社の倒産です。

老舗問屋で経営内容も盤石と言われた所も潰れました。

だんだんと会社も経費には厳しくなり、特に接待交際費と出張旅費です。

当時自分も大阪やら東京の展示会なんかに行ってたんですが、

見学会的な出張はダメになりました。

給与面ではボーナスは減りましたが、給与カットはなかったです。

会社もバブルの穴埋めに東京江東区に所有する土地を売ったようでした。

15年間お世話になりましたが、牧歌的な社風でした。

退職し自営業になり初めて会社に守られていたんだと痛感しました。

自分の力量ではなく、会社の看板で仕事をしていたんだなと・・

苦しい時は、辞めたのを何度後悔した事か・・

在職時は同僚と飲んで会社のグチを言ったりしてましたが、

全然甘かったんです。

同僚が店に来て、羨ましそうな事言うんですが「会社は辞めるなよ」と聡したもんです。

日記

Posted by chirokun